声をかけられなかったあの日と、変わりゆく立場
第29回を観てまず胸に迫ったのは、主役級の登場人物たちが「逃げる者」と「求める者」の二つの立場を一気に行き交い始めたことです。
トキ(高石あかり)は物乞いとなった伯母・タエ(北川景子)を街で見かけてしまうものの、声をかけることができず、ただ逃げ帰るという苦い経験をします。いっぽう、錦織(吉沢亮)は外部から“助け手”を探そうと焦り、再びトキの元を訪れます。そして、三之丞(板垣李光人)は牛乳屋に“仕事を求める”ために出向くという立場の変化を見せます。こうした「助ける/助けられる」「出る/拾われる」といった境界が曖昧になった瞬間が、この回の核心でした。
良かったこと
トキとタエ、そして三之丞— “家族”の変質が静かに示された
タエが物乞いになっていたという衝撃的な設定が、トキの内面を揺さぶるきっかけになっていて、その描写が非常に丁寧です。タエを見かけてしまったトキが声をかけられなかったという場面には、家族/血縁というものの重さと距離が映えていました。
また、三之丞が“仕事を求めて”牛乳屋を訪ねる場面は、かつての身分や“社長の格があります”という言葉まで出てくる中で、明治期の社会変動を背景にして「何ができるか」「何を求められるか」が揺れていることを感じさせます。
時代の転換期がキャラクターの行動を通じて伝わる
このドラマでは、明治時代西洋化の波が“女中/牛乳屋/学び”といったキーワードを通じて現れています。
錦織がヘブン(トミー・バストウ)の女中探しに苦慮するという状況も、社会のギアが変わってきたことを象徴しているように思えました。トキが「家族が好きです。だけん、家族のためにお断りしますけん」というセリフを語った場面には、彼女なりの覚悟も感じられ、時代と個人のせめぎあいが見えました。
気になった・もう少し欲しかった部分
タエの変化の理由がもう少しだけ明確だとよかった
タエが物乞いとなっていたという展開は非常に衝撃的で、視聴者として「なぜ」の問いを突きつけられた気持ちになりました。ただ、その“なぜ物乞いになったのか”“タエが何を失ったのか”という背景がこの回だけでは少し曖昧に感じられました。次回以降、それが明らかになることに期待です。
三之丞が牛乳屋の社長にしてほしいと言ったあの場面は象徴的ですが、その言葉が視聴者にとって即座に理解できる深さまで到達していなかったようにも思います。彼の“帰属”や“役割”を求める動きが、もう少し説明されていれば、物語の重みがもう一段高まったと感じました。
感想まとめ
第29回は、家族・身分・仕事という三つの柱がガラリと動き出している回でした。
トキは「声をかけられない」という立場に追いやられ、タエは“助けを必要とする存在”になり、三之丞は“助ける側”から“求める側”へと変化しています。そして、錦織という外部の人物が、その転換の渦中にあることも、物語に緊張を与えていました。
「変化する時代をどう生きるか」「過去の“格式”や“役割”が崩れゆく中で、私たちは何を選ぶのか」――その問いがこの回では静かに、しかし確実に提示されていました。
今後への期待と考察
これから特に注目したいのは以下の点です:
– タエがなぜ物乞いになったのか、そしてその過程で“家族”や“誇り”がどう揺らいだのか。
– 三之丞が“社長にしてほしい”という言葉に込めた意味。彼にとって「働く」ということはどういうことだったのか。
– トキがタエのことを黙っていた理由と、その秘密が明らかになったとき、家族関係・身分関係にどんな影響が出るのか。
このドラマは、ただ人物の変化を描くだけでなく、時代の変化とともに「立場」「役割」「生きる意味」を問いかけてくる作品だと思います。第29回は、その問いかけがさらに深まった、非常に重要な回だったと感じました。
(あいちゃん)

