君がトクベツ 第9話(最終話) 感想文(ネタバレがあります) ― 偶然から始まった恋が導いた“本当にトクベツな瞬間”

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誤解が巻き起こす波乱と、映像が導く真実

最終話では、7周年記念ライブを目前に控えたLiKE LEGEND(ライクレ)の舞台裏と、さほ子(畑芽育)と皇太(大橋和也)という “アイドルと一般人” の恋の結末が描かれます。
ドッキリ企画への参加を頼まれたさほ子が、ターゲットの皇太を起こすため潜入した部屋が、なんと晴(山中柔太朗)の部屋だったという大誤解。皇太にその場面を目撃されてしまい、一気に騒動に発展します。
しかし、さほ子が偶然発見した「過去の映像」に、ライブ成功のヒントが隠されていて――その言葉、「推しの素顔が見られるのはファンにとってトクベツなこと」が皇太の背中を押し、ライブでその映像をサプライズ公開。ファンへの感謝と、ステージのどこかで見守るさほ子への想いを、彼はしっかりと伝えました。
その夜、皇太はさほ子にサプライズギフトを用意していて、ついに2人の関係に“次のステージ”が提示されて――。この偶然の出会いから始まった恋の結末は、まさに“最高のハッピーエンド”へと向かっていきました。
(あらすじの概要)

良かったこと

アイドルとファンという関係を超えた“対等な結びつき”

さほ子が「ファン」としてだけでなく、一人の人間として皇太に向き合う姿。皇太も「君だけじゃなく、ファンみんなにトクベツな時間を」ではなく、さほ子に“想い”を届けるという選択をします。これは、アイドルという存在とファンという構図を描きながら、その枠を超えた“人対人”の関係性を丁寧に描いた点でとても良かったです。
さらに、ライブで“素顔の映像”を公開するという演出が、「華(ステージ裏の努力)+真実(ありのままの姿)」という両輪を回していて、ファンであるさほ子視点でも感情移入できる場面でした。

誤解とすれ違いを乗り越える構造が感動的

晴の部屋に忍び込んでいたという誤解、皇太に見られてしまったその瞬間の動揺、そしてその誤解が解けていく過程――この“すれ違いの連鎖”が、ただ展開されるだけでなく、それぞれの登場人物の内面(さほ子の焦り・皇太の戸惑い・晴の素顔)を通じて描かれていたため、最後には“一緒に乗り越えた感”がしっかり感じられました。
特に、さほ子が“偶然見つけた映像”で握るチャンスを使って、物語を収束させていった構成がスッキリしていて印象的でした。

気になった・もう少し欲しかった部分

ライブ前のメンバーの個別ドラマが少し薄かった

ライクレの7周年記念ライブという大きな舞台設定にも関わらず、メンバーの一人一人のドラマ(特に優生・晴・一生など)や、ライブ成功までの苦労の詳細が、多少駆け足に感じられました。ライブ当日の演出・リハーサル・メンバー同士のケミストリーなど、もう少し丁寧に描けば、ライブの感動がより強まっていたと思います。

サプライズギフトの内容・意味合いがもう少し深ければ…

皇太がさほ子に用意したサプライズギフトが「ある」と提示されていましたが、その“ギフト”の具体的な中身・意味合いが描写としてやや軽めだったため、「どれほど特別か」がもう少し視覚的・心理的に伝わると、ラストの余韻がもっと大きかったと感じました。

感想まとめ

最終話は、偶然から始まった恋、アイドルと一般人という一見交わらない世界、そして“ファンという立場”から“ひとりの人”としての一歩を踏み出す場面が丁寧に描かれていました。皇太とさほ子がそれぞれの立場を超えて“トクベツ”な瞬間を共有するという構図が、『タイトル=君がトクベツ』というテーマを体現していたと思います。
ライブというクライマックスだけでなく、その前の誤解・緊張・気づきがちゃんと描かれていたため、観終わったあとに「応援したくなる」感覚が残る回でした。

今後への期待と考察

– アイドルとして再び走るライクレのこれから、そしてさほ子はその“推し”としてどんな立ち位置になるのか?
– 皇太が「素顔」を見せたことでファン・メンバー・事務所との関係に変化が出るか?
– さほ子がこの経験を通じて、ファンとしてだけでなく“自分自身の人生”をどのように歩んでいくか?
– また、晴・優生・一生などサブキャラクターたちのその後のドラマも気になります。

このドラマは、華やかなアイドル世界を舞台にしながら「推される側」だけでなく「推す側」の視点や成長も描いていて、新しい恋愛ドラマの形だと感じました。第9話(最終話)はその集大成としてふさわしい、温かく、そして胸が熱くなるフィナーレでした。
(あいちゃん)

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