第32話は、わずか15分なのに手に汗握る回だった。
明るい朝ドラのはずなのに、まるで“静かな怪談”のような緊張感。
松野トキ(高石あかりさん)の女中生活初日が、こんなにも怖くて、切なくて、愛おしい。
笑うことも泣くこともできないまま、ただ息を潜めて見守る15分だった。
恐怖と不安の中で始まった、トキの新しい日々
トキ(高石あかりさん)は、英語教師ヘブン(トミー・バストウさん)の家で女中として働き始める。
でも、周囲からは“ラシャメン(洋妾)”と誤解されるかもしれない。
家族にも「花田旅館で働く」と嘘をついたまま出発する姿が、すでに不吉な影を落としていた。
旅館の女中・ウメ(野内まるさん)が付き添ってくれたものの、異国の男と過ごす家の中は、まるで別世界。
何もかもが見知らぬ文化で、何気ないジェスチャーさえも恐怖に変わってしまう。
「フトン」の一言に込められた誤解と安堵
朝食後、ヘブンが口にした「フトン」という一言。
視聴者全員がトキと同じように固まったと思う。
書斎に敷かれた布団のそばで身構えるトキの表情、まさに極限の緊張。
でも、ヘブンはただ“畳んでほしい”と伝えたかっただけ。
ジェスチャーで意味を伝えた瞬間、トキの表情が一気に緩んで胸を撫で下ろす。
その安堵の息が、画面越しに伝わってきて泣きそうになった。
言葉が通じない中で生まれる恐怖と、誤解が解けた瞬間の優しさ。
この小さなすれ違いが、作品全体のテーマを象徴しているようだった。
ペンの音が“生きている証”のように響く夜
夜、ウメが旅館に戻ったあと、ヘブンとトキは二人きりになる。
「オフロ、ドウゾ」と言われたトキは再び体を強ばらせる。
行燈の淡い光の中で、正座して書斎の音を聞くトキ。
“ペンの音が聞こえているうちは大丈夫”という心の声があまりにもリアルで、涙が出そうになった。
ペン先のリズムが止まった瞬間、世界の時間も止まるように感じた。
「シジミさん…」と声をかけられたとき、まるでホラーのような演出。
でもその“怖さ”は恐怖ではなく、文化の壁と孤独の象徴だった。
“怖い”のに“哀しい”というこの感情の混ざり方が、まさにこの作品の真骨頂。
高石あかりの繊細な表情がすごすぎる
トキを演じる高石あかりさんの演技が圧巻。
ほとんどセリフがないのに、恐怖・困惑・恥じらい・誤解・安堵——全部が目と呼吸だけで伝わる。
怯える姿が一瞬で観る人の記憶に焼き付く。
「何も起きないのに怖い」のは、彼女の演技力あってこそ。
怪談的な緊張感の中で、“生きてる”という息づかいがはっきり聞こえてくる。
SNSの反応、“静かな恐怖”に共感の嵐
放送後、SNSでは「緊張感すごい」「ずっと心臓バクバクしてた」「これホラーじゃないよね?」「誤解が早く解けてほしい」と大反響。
「ペンの音が怖くて泣けた」「怪談のような演出が見事」など、演出の巧みさにも称賛が集まった。
錦織監督による光と影の演出が、明治の異文化の怖さを美しく描き出していて、本当に“映画のような朝ドラ”だった。
まとめ
第32話は、文化の違いと心の壁を“静かな恐怖”で描いた名回だった。
トキ(高石あかりさん)の小さな勇気と、ヘブン(トミー・バストウさん)の誠実な優しさ。
二人の間に流れる緊張と誤解が、やがてどんな絆に変わるのか。
朝ドラなのに、こんなにも息を詰めて見た回は久しぶりだった。
“怪談のような優しさ”が胸に残る、忘れられない15分。
(ちーず姫)

