借金返済と女郎絵制作の奔走
第43回では、蔦重(横浜流星)が吉原への多額の借金返済のため、版元としての誇りと欲望を同時に抱えながら、女郎絵五十枚の準備を進める姿が印象的でした。歌麿(染谷将太)を起用し、その手腕を信じて強引に事を進めていく蔦重の“商人魂”が色濃く出ていました。
その一方で、歌麿自身もまた、蔦重との関係性に揺れており、「蔦重との協業は燃えるが、クリエイターとしての自分を奪われてはいないか」という葛藤も伺えました。
女郎絵という華やかな世界の裏にある「借金」「批判」「商売」の影を、第43回は非常に鮮やかに描いていたと思います。
良かったこと
人間の欲と信頼の交差点が深く描かれていた
蔦重は“版元”として女郎絵という商品を商機と捉えながらも、歌麿を信頼していたはず。ところが、歌麿が吉原における別の動き(西村屋の万次郎と組む話)を聞いたことで迷いが生じます。蔦重の「俺が契約した仕事を進めろ」という強引さと、歌麿の「自分にとっての創作とは何か」という抵抗が、同じ仕事を前にしても全く異なる角度を持っている点が、視聴者にも深く響きました。
また、蔦重が借金返済という現実的な壁を抱えていることが、男としての弱さ・切迫感として伝わってきて、「商人=華やか」というイメージを軽々しく扱わないところも好感が持てました。
幕府・政界サイドの動きがスリリングだった
今回、江戸城では定信(井上祐貴)が“オロシャ(ロシア)対策”に全力を注いでおり、顕示欲と野望を抱える将軍・家斉(城 桧吏)のもとで“大老”の座を狙うという構図が描かれました。これにより、吉原の女郎絵制作という町人文化の裏で、国家・外交・権力という大きな流れがゆらりと動いていることが見え、ドラマのスケールが町の話だけで終わらないことも改めて感じられました。
文化と商売が、権力と外交に繋がっている――その重なりを意識させてくれる展開でした。
気になった・もう少し欲しかった部分
歌麿の内面描写がややあっさりめに感じた
歌麿が西村屋の万次郎と組もうとしているという話を聞いた蔦重の動揺は十分に描かれていたものの、歌麿自身がそれをどう思っていたか、見ている者としてもっと深く知りたかったです。なぜ歌麿はそちらに動いたのか、その背景や感情の動きがもう少し丁寧に描かれていたら、蔦重との対比もさらに鮮やかになったと思います。
たとえば、女郎絵制作の裏にある芸術家としてのプライド、あるいは吉原という特殊空間で生まれる作家性など、もう一歩踏み込んだ描写が欲しかったです。
幕府・政界の動きが少し複雑すぎて置き去り感も
定信のオロシャ対策、大老を狙う動きと、蔦重の女郎絵制作という二つのラインが同時進行で描かれていましたが、両者の接点がやや曖昧で「どこにつながるのか」が掴みにくかったです。文化商売・版元の世界と、幕府の外交・権力闘争が同じドラマで語られる面白さはあるものの、視聴者にとっては頭の切り替えが必要になり、少し疲れてしまう場面もありました。
感想まとめ
第43回は、“商売”と“芸術”と“権力”の三軸がせめぎ合う回だったと思います。蔦重は商人として自身の借金返済のため女郎絵を量産しようとする一方で、歌麿という芸術家を味方につけているものの、その信頼が揺らぎ始めます。
そしてその裏で、江戸城という国家の中枢での駆け引きが同時に進んでおり、文化流通と政治外交が密接に結びついていることを視覚的にも物語的にも伝えてきました。
吉原という「舞台」としての華やかさ、女郎絵という「商品」の影響力、そしてその背景にある「借金」「信用」「裏切り」のような人間の弱さ・欲望を、ドラマがしっかり掬っていたと思います。
今後への期待と考察
続く回において注目したいのは、女郎絵五十枚の制作が蔦重と歌麿の関係性をどう変えていくか、という点です。蔦重が“版元”としての成功を収めれば、彼の立場は強くなるでしょうが、反対に歌麿側がこの契約に疑問を持つなら、その裂け目が物語の焦点になるはず。
また、定信の大老への野望と吉原の女郎絵という文化流通の裏で進んでいる“外交・権力”の動きがどう収束するのかにも期待が高まります。文化は商売になり、商売は政治になる――この構図がどこへ向かうのか、見届けたいです。
このドラマは、ただの時代劇ではなく、「欲望をどう扱うか」「信用をどう築くか」「文化と権力をどう繋げるか」という現代にも通じるテーマを江戸の時代に投影して見せてくれています。第43回はその中で大きな転換点となる回だったと感じました。
(あいちゃん)
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