バズればいい、でもその代償は?
第3話を観てまず感じたのは、主人公・加菜子(与田祐希)が追い求める「バズる」ことの裏側に静かに忍び寄る危機です。
ファンのまみ(星乃夢奈)に誘われて会食へ出かけ、芸能人行きつけの会員制バーに興奮する加菜子。だが一方で、まみの父の飲酒運転事故を世間に晒した張本人としての“過去”をまみが知っているのではないか、という渡辺(櫻井海音)の懸念が生まれ、物語に緊張が走り出します。
「私を求めているフォロワーが5万人いるんだから、1人に嫌われたってどうでもいいんだ」という加菜子の言葉が、この回の核心を衝いていました。
良かったこと
ソーシャルメディア時代の“虚像”と“実像”のズレ
加菜子がSNSでの人気を“数字”として捉え、フォロワー数=価値という考え方に傾いている描写が生々しく、その危うさがリアルに感じられました。
まみの父の不祥事をネタに晒してしまった過去、そしてそれを自分のバズに利用しようとする姿勢。
この“バズるための倫理”の揺らぎが、視聴者としても身につまされるテーマでした。
人間関係のディストーション(歪み)が効果的に描かれている
まみがファンとして近づいてくる一方、加菜子はまみに対して不安を抱え、渡辺はその不安を代弁する役割を果たしています。
また、元夫が加菜子を探しているという連絡が入ることで、“過去”と“現在”の交錯が生まれ、安心してバズを追うことができない構造が生まれています。
このように「いま人気を得ている」という表層的安心感を、裏からひっくり返す構図が非常に巧みでした。
気になった・もう少し描いてほしかったこと
加菜子が抱える“過去”の掘り下げが少ない
まみの父の事故を通じて「加菜子にも過去がある」という匂いは感じられましたが、なぜ彼女がそれを晒したのか、どんな思いで踏み切ったのか、視聴者がもっと共感できるような感情の掘り下げがあると深みが出たと思います。
バズるための手段を選ばない姿勢が見えつつも、そこに至る“揺らぎ”がもう少し明確だとさらに心に残る回になったと感じました。
まみというキャラクターの意図が少し曖昧に感じる場面あり
まみがファンとして登場し、加菜子を誘うきっかけを作るのは効果的でしたが、彼女がなぜ「会員制バー」の話を持ち出すのか、なぜ父の事故がネタとして扱われそうなのか、その関係性が少し飛び気味に感じました。
“見えない動機”がもう少し提示されていれば、まみの存在がさらに怖く、面白くなっていたと思います。
感想まとめ
第3話は、加菜子が“光る舞台”に立ちつつも、その舞台裏で“影”を取り込んでしまう瞬間を描いた回でした。
彼女はフォロワー数で自己価値を測り、「嫌われたっていい」という豪語をしていますが、その裏には「晒されることで得た注目」への罪悪感、そして「過去がバレるかもしれない」という怯えが透けて見えます。
また、バーで出会った人気俳優・楠木(鈴木仁)の存在が、さらなる“バズ素材”として登場したことで、加菜子の世界が“芸能”と“ファン文化”という二軸で回り始めているのが分かります。
この物語が描こうとしているのは、ただ「有名になる/バズる」ではなく、「人に注目されることで生まれるリスク」「バズという装置に飲み込まれる自分」というテーマです。第3話は、そのテーマが一気に動き出した、転換点と言える回だと思います。
今後への期待と考察
次回以降、私が注目しているのは以下の点です:
– まみの“忠誠”と、“底知れぬ目的”。彼女がファンとして近づいた真意とは?
– 加菜子の元夫の存在が示す“過去”の影。なぜ探しているのか?彼女の変化にどう絡んでくるのか。
– 会員制バーでの出会いが“ただのバズのネタ”で終わるのか、それとも加菜子の立場を揺るがす事件の契機になるのか。
– 「1人に嫌われたってどうでもいい」という言葉の裏で、実は“誰かに嫌われること”がどれほど大きな代償なのか、物語を通してどれだけ描かれるか。
「有名になりたい」「バズりたい」という欲望が、時に自分を蝕む。そしてその渦中で、本当に守らなければならないものを見失ってしまう。
第3話は、そんな危うさを視聴者に突き付けた回であり、私は次回以降の展開にハラハラしながら期待しています。
(あいちゃん)
 
  
  
  
  
